茶臼山城と手島氏(茶臼山城跡公園)
上越市頸城区矢住に所在する茶臼山城は、現在「茶臼山城跡公園」として整備されている中世山城跡です。標高約42メートルの小高い丘に築かれ、頸城平野を一望できる立地から、軍事的・交通的に重要な役割を担っていました。
城の立地と構造
『日本城郭全集』によれば、茶臼山城は頸城区矢住町内の集落から徒歩約10分の場所に位置し、頸城平野の東北端にあたります。
南北朝時代に、吉川区にある顕法寺城の支城として築城されたとされています。
- 本丸跡
約10アールに及ぶ平坦地で、現在は松林が広がる - 二の丸跡
直径約2メートルに及ぶ井戸が残る - 山麓部
屋敷跡とみられる平坦地があり、城主の居館跡と推定される
また、過去には二の丸付近から観音像が出土したと伝えられており、現在は矢住町内の寺院に安置されているといわれています。
歴史と城主
伝承によれば、茶臼山城は時代ごとに異なる勢力の拠点となってきました。
- 南北朝時代
南朝方の武将・河野弾正通信の居城と伝えられる - 上杉氏支配期
黒金摂津守の居城とされたという伝承が残る
これらの記録や伝承は、地域史研究者・花ヶ前盛明氏による調査・記述に基づいています。
手島氏との関わり(補足)
茶臼山城周辺は、のちに手島氏が勢力を持った地域とも重なります。手島氏は頸城地方に根付いた在地武士・土豪層の一族で、中世から近世にかけて地域支配や農村経営に関わってきました。
直接的な城主比定は明確ではないものの、茶臼山城の居館跡や周辺集落との関係から、在地領主層の活動拠点のひとつであった可能性が考えられています。
見どころ・史跡としての価値
- 頸城平野を望む小規模ながら要害性の高い山城跡
- 本丸・二の丸・井戸・屋敷跡など中世城郭の基本構造
- 南北朝時代から戦国期にかけての地域史を伝える遺構
- 公園として整備され、歴史散策がしやすい環境
所在地・見学情報
- 所在地:新潟県上越市頸城区矢住
- 名称:茶臼山城跡公園
- 見学:自由見学(屋外史跡)
- 備考:小高い山のため、歩きやすい服装・靴がおすすめ




